<経歴>
1929年、島根県生まれ、島根県松江市在住。
詩集『崖のある風景』、『不等号』、『もりのえほん』、『ヘルンさん』、『連作詩―竹島』、『幼年譜』『時間の矢―夢百八夜』。
評論『出雲・石見地方詩史五十年』、『島根の詩人たち』、『入沢康夫を松江でよむ』。
「山陰詩人」編集発行人。
日本現代詩人会、中四国詩人会、島根県詩人連合、に所属。
<詩作品>
時間の矢
幌のあるトラックにギュウ詰めに立っている子供たち どこへ向けての出発か 見上げていると六歳くらいの子が話しかけてきた 「お母さんは僕が十三のとき七つで死んじゃった」 「えっ? 君はまだ十三になってない それに七歳の母だなんて聞いたことない」 でもそうなんだ……と子供は悲しげに言い張る
きっと真実なんだろう この世は矛盾に満ちていて 何ひとつ合理的ではない それにヒトの子の時間の矢にも方違えというものはある とだんだん信じられてくる うん
猫の尻尾
私は猫の尻尾を必要としている どこか落ちてないか 地面ばかり見つめてウロウロ歩いているところに 折よく三匹の猫と出会った 三毛猫 虎猫 黒猫 やがて三つが卍巴のひと塊りに 今にも融けてバターにならんばかりに旋回する や 虎猫の尻尾が取れそうだぞ と欲心を動かしつつ見ていたら三匹は一気に散開して去った
見ればあとにちゃんと尻尾が十五センチほどのが二本残されてあり 先端がキリンの尾のように芸術的だ 私はなぜ猫の尻尾を必要としたか その瞬間に既に思い出せなくなっていた
へソクリと子牛
思いがけないへソクリ金が入り財布に納める おへソに入れるからへソクリ? おヘソから繰り出すからへソクリ? 財布に入れてはへソクリのスリルが減る など深く悩みつつ廊下を行く ふと戸外の別棟小屋の辺りを見下ろすと 小屋の前を子牛が一頭さまよっている 頭がきりりと小さく尖り直線的な尻の形もいいスタイルだ
小屋に近づくと土間に女性が待っていて銀色のお盆を差出しながら子牛をおびき寄せる 「さ 中をよく見てから食べなさい」と囁くのを聞いて私は 牛に日本語が分かるのかしらと不思議に思うのだが 女は私にも一皿差出して言った 「さあ 中をよく見てから食べなさい」
その日本語が私によくわかるのが何だか不思議なことに思え 私はまだ人間だろうかと不安になる
合わせ鏡
天神川沿い新土手に建っている倉庫に人を案内する 客は初対面の 十歳くらいの男の子を連れた中年の女性である 倉庫に入って目が馴れると綿とかビニール製ロープなど体積の大きなものが一杯に積み重なっている 間口は一戸分だったのが 内部は両隣とも仕切りもなくて対称形にそっくり同じ積み荷の仕方の三戸分倉庫だ 正面奥には丸い大きな鏡がはめ込まれていた
私たちは何げなくその前に椅子を持ち出して腰をおろした 鏡面に映った三人は 三人の人物の背後やや上方に もう一つの鏡が在ることを同時に発見 ア と言った 像はみるみる二つの鏡の間を往復して無限増殖していく 身動きするのが怖い 「在ること」が壊れてしまいそうで怖い 散りぢりの破片になってしまいそう